作品 2022~2019年

シロハラ 2022 560×760㎜
「シロハラ」
冬の公園の薄暗い林を歩いていると、プクプクプクというような変わった鳴声と、何かが飛びさる気配がした。けれども何も見つからない。そういう事が何度かあり、ある時、林の中で微かにカサッカサッと音がした。目を凝らすと地面の落葉が動いている。ツグミ位の大きさの鳥が、クチバシで落葉をひっくり返していたのだ。近づこうとした途端、林の中に素早く飛び去った。プクプクプクと鳴きながら。
この鳥はシロハラという名で、この鳴声は警戒する時に発するものだと知った。頭も羽も灰茶色の渋く地味な色は、周囲の枯葉と見事に同化して、落葉をひっくり返す音がしなければ気づかないだろう。腹が白いからシロハラらしい。薄暗い林で一羽、落葉の下の虫や実をひたすら採食しているようだ。とても用心深く、広い場所には滅多に出てこない。こちらに気づくと逃げてしまうので、音を立てないように、静かに一定の距離を保って、その様子を見るようになった。可愛げのある「落葉返し」の技と、目立たないけれど気品のある姿に惹かれて、次の日も同じ場所に行ってみる。会える日もあり、会えない日もあり、これがだんだん楽しみになる。公園内には何羽かのシロハラが来ていることがわかってきたが、これは初めに会った個体と思えた時は嬉しくなる。寒い時期をここで過ごし、春には北へ帰るらしい。シロハラと落葉の風景も数ヶ月の間だけ。まして来年、同じ個体に会える確率は低いに違いない。そして、目の前の林の見え方は一瞬ごとに変化し、同じ風景には二度とめぐり会えない。すべて一期一会。
長く住んでいる地域の公園の林で、シロハラは「落葉返し」をひっそりと続けていたはずだ。傍でずっと起きていたことに、気づかなかっただけなのだ。蟻がせっせと働き、ミミズが体をくねらせる。塀や壁にはヤモリがじっとはりつき、部屋の隅には家グモがぴょんぴょん跳ねている。近所の公園にも、家の小さな庭にも、様々な動物や植物の、それぞれの営みがある。公園のシロハラは、このことをあらためて感じさせてくれる。
それにしても、こうした存在を少しでも実感できると、何とも嬉しいのはなぜだろう。全てを知るのは不可能でも、せめて自分の周りに起こっていることに、少し気づけたら、世界は違って見えるはずだ。
そして、自分の見たことを、画面にとどめたくて絵を描くのだが、確かに強く残っていたはずのシロハラのイメージは次第に曖昧になり、描き始めた途端に逃げていくかのようだ。画面は、色や形と自分のイメージを何とか折り合いをつけたものとなる。それでも、繰り返し続けるうちに、少しはありのままの落葉の中のシロハラに近づけるのだろうか。
2022年 中島尚子